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最高裁判所第二小法廷 昭和53年(オ)1409号 判決

上告人

加納恒男

外二五名

右二六名訴訟代理人

斎藤浩二

外三名

被上告人

日本住宅公団

右代表者総裁

沢田悌

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人斎藤浩二、同浜秀和、同戸田満弘、同金丸精孝の上告理由について

被上告人の賃貸する住宅(以下「賃貸住宅」という。)について被上告人とその賃借人との間に設定される使用関係は私法上の賃貸借関係であると解するのが相当である。日本住宅公団法施行規則一二条ないし一四条が賃借人の募集方法、資格、決定方法を定めているのは、被上告人の公共的性格にかんがみ、賃借人決定の公正を期したものであり、また、同規則九条ないし一一条の家賃の決定、変更等及び権利金等の受領禁止などに関する定めは、被上告人の公共性・非営利性に由来するものであつて、これらの規定があるからといつて、賃貸住宅の使用関係が私法上の賃貸借と異なる特別の性質のものであるということはできない。したがつて、同規則一五条一項にいう「特別の必要」がある場合において、被上告人が建設大臣の承認を得て賃貸住宅をその賃借人以外の者に譲渡し、これに伴つて賃貸人の地位が被上告人から譲受人に承継されるときは、賃料等の負担が一般の住宅の賃借人に比して低額であるという賃借人の利益が失われることがありうるとしても、法律上はやむをえないところであり、被上告人は、賃貸住宅を他に譲渡しこれに伴つて賃貸人の地位をその譲受人に承継させてはならない義務を賃借人に対して負うものではないと解するのが相当である。原審の適法に確定した事実関係のもとにおいては、本件譲渡は同規則一五条一項にいう「特別の必要」がある場合にあたるとし、以上と同趣旨の見解のもとに上告人らの本訴請求を棄却した原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(塚本重頼 栗本一夫 木下忠良 鹽野宜慶 宮崎梧一)

上告代理人齋藤浩二、同浜秀和、同戸田満弘、同金丸精孝の上告理由

原判決は、法令の解釈に誤りがある。一、原判決は、公団住宅の利用関係は、法律的には一般賃借権と異なるところがなく、公団住宅の居住者は一般賃借権と異る特別な法的権利、法的保護を与えられていないとする。

しかし乍ら、公団住宅の居住者は次の通り民間賃貸住宅の賃借人と重大な相違点を有する。

第一に、入居資格の点で、公団住宅の居住者は、住宅に困窮し、かつ、現に同居し、または同居しようとする親族がある場合に限定されている(日本住宅公団施行規則〈以下、「施行規則」という〉第一三条)。右の如く、賃借人たる資格を、住宅困窮者かつ世帯持ちに限定することは、これらの者に特別に保護を与えていることであり、民間賃貸住宅の場合には、このような入居資格の限定ということは、通常ありえない。

第二に、入居決定方法の公正という点である。公団住宅の入居者は新聞・ラジオなどによる広告の方法で公募され(施行規則第一二条)、抽せんその他公正な方法で選考される(同第一四条)。このように公団住宅においては、公団に自由に賃借人を選択する権限がなく、適格者であつて、かつ、公正な方法で選ばれたものは、公団の意思如何にかかわらず賃借人になれるということである。このようなことは民間賃貸住宅にはあり得ない。民間賃貸住宅においては、賃貸人側に契約を締結する、しないの自由が厳として存在する。

第三に、家賃の低廉という点である。

(一) 家賃の算定方法は、敷地価格を除いた、建物の建造価格を元本とし、これを償却期間(七〇年)中、利率年五分以下で毎年元利均等に償却するものとして算出した額に諸経費を加えて求める減価償却方式である(施行規則第九条)。

これは、民間の賃貸住宅にあつて行われている積算方式、すなわち建物及び敷地の現価を元本として、これに適正な期待利廻りを乗じ、これに諸経費を加えて求める方式とは根本的に異るものである。

(二) 権利金等の受領が禁止されている(施行規則第一一条)。

民間賃貸住宅にあつては、賃貸人は権利金(或は礼金)として、二〜三ケ月間分の家賃相当額を受領するのが通例であり、さらに、賃貸借期間満了後は、契約更新に際し、相当額の更新料を受領するのが慣習となつていて、これらが実質的家賃を形成している。

要するに、公団住宅にあつては民間賃貸住宅と異り、家賃(実質的家賃としての権利金等を含む)の決定については公共資本としての維持・存立をなしうる限度に止められ、私的資本における利潤追及の自由が大幅に制約されている。

以上の諸点からすれば、公団住宅の利用関係において、公団住宅の居住者が民間賃貸住宅の居住者に比して法律上、格別の利益、保護をうけており、したがつて、「公団住宅居住権」というべき特別の権利が現実に存在することは明白である。

原判決は、右の如き、公団住宅における居住者の特別の地位について民間賃貸住宅のそれとの差異を、利用関係設定以前の段階に属するものであつて、利用関係そのものについての差異ではないとしている。しかしながら、入居の決定、家賃額の決定など、借家法の制約をうけながらなお賃貸人側に残された重要な契約自由の内容(借家法における、正当事由による解約の制限などは契約の自由に対する大幅な制約であるが、借家法においてもなお、契約締結の自由、賃料額決定の自由、すなわち契約内容決定の自由などは残されている)が、特別法によつて、大幅に制約されているとき、利用関係そのものが変容をうけていないというのは事実を無視した奇妙な理屈といわざるを得ない。

二、しかして、右の如き、民間賃貸住宅居住者に比して、公団住宅居住者が格別の利益、保護をうけているのは、国が日本住宅公団法により、住宅不足に悩む勤労者に対して大規模な住宅供給を行うという、社会福祉上の施策を実現しようとしているからに外ならない(日本住宅公団法第一条)。

原判決が、公団住宅居住者は民間賃貸住宅賃借人と異る特別の法的利益・権利を付与されたものでないとするのは、社会立法である右公団法の趣旨を没却し、その解釈を誤つたものに外ならない。

三、前記の通り、公団住宅居住者には、民間賃貸住宅に比べ、法によつて特別の利益、保護が与えられていることは明白であり、公団住宅が旧地主に払下げられ、民間賃貸住宅に変えられた暁には、右法的保護を欠くことは必然である。民間賃貸人と賃借人との間では借家法・民法の適用があるだけである。したがつて払下げの暁には家賃の大幅な値上、権利金、更新料の請求が行われ、従前の公団賃貸人が居たたまれなくなることは火を見るより明らかであり、このことはすでに払下げが行われた赤坂その他の旧公団住宅において実証済みである。したがつて公団は、公団居住者の賃借人としての法的利益を不当に奪つてはならない以上、賃借人には、自己の賃貸人としての地位を第三者に移転してはならない義務を負うものであり、右不作為義務に違反してなした建設大臣の譲渡承認は無効である。

原判決は、公団住宅の居住者には特別の法的保護をうける権利はないとして、建設大臣による本件恵比寿住宅の旧地主への払下げ承認を有効と認めているが、右は日本住宅公団法並びに同施行規則の解釈を誤つたものといわざるを得ない。

以上、原判決は違法であり、破棄さるべきである。

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